共鳴した声は夜空に輝く
小山佳祐/2026年1月23日
おれ自身もびっくりした。
『おれ日韓の翻訳家になりてー!』ってこいつがいった時、おれは、「ええ⁉まじっすか!?」と条件反射のようにいい放ち、『だからとりあえず会社辞めて韓国の大学院いこうぜっ!』っていうこいつのはしゃぐ声を聞いた時は、さきほどの5倍くらいの声量で「ええ!? まじっすか!?」と叫んだものだ。
おれの中の奥深くにいるこいつは、周りの意見や現実的な難しさによるためらいといったさまざまなフィルターを一切介さない純度100の声を持っている。一方でおれ自身や周りにいる人々には、それぞれの考えや価値観、客観的視点を持っている。
だからおれがいま目の前にいる友達に、「おれ会社辞めて韓国の大学院に行こうと思う」といった時、彼もおれとまったく同じ反応をみせた。「ええ!?まじっすか!?」と。
「おまえ……。おれたちもう若くないんだぞ? これからが働きどきだってタイミングで留学かよ」
「いや、ほんとそれな」
心配を滲ませた声でそういう彼に、他人ごとのような返事をしてしまう。ただ、これは本当に他人ごとだと思っているわけではない。これはおれ自身が納得して下した決断だ。もし本当に他人ごとのように考えてしまえば、おれはおれの中にいるこいつの操り人形になってしまう。そうなりたくない。おれはこいつと常に対等でありたい。
「けど、おれはそうしたいんだ。ありがとな」
「気にするな。おまえは自分の選択に誇りをもって進んでいけばいいと思うぜ。大学生のころから韓国語の勉強を頑張っていた姿を近くで見てきたし。全力で応援するぜ」
こちらの思考回路はすべてお見通しだぜ、といったように歯を見せて笑う彼がビールジョッキを持った手を突き出してきた。おれも飲みかけのジョッキを持つ。
「乾杯っ!」
にぎやかな夜の居酒屋にきれいな音が響いた。
居酒屋を出て友達と別れ、おれは駅まで歩いた。改札を通ってホームに出てみると、ちょうど電車がきていた。それに乗り込み、窓側の席に座る。流れていく景色をぼんやりと眺めながら、いままでに出会ったさまざまな声を頭の中で再生する。
翻訳者になるのは狭き門だよ? 韓国語のレベルもっと上げないと無理だよ。世の中にはあなたよりも韓国語上手な人なんてたくさんいるんだよ? AI翻訳が発達したこの時代にどうして翻訳家になりたいと思うの? 収入安定しなさそう。そこまでしなくても韓国語は趣味ぐらいでやればいいんじゃない?
心配をにじませた声、忠告をにじませた声、説得をにじませた声、妬みをにじませた声。それらはいろんなひとのさまざまな立場から生まれた声だ。だからおれにはこれらすべてがとても大事なものである。
だって例えば、もしおれがこれらの声に耳をふさいで、おれの中にいるこいつの声だけを聴いて足元も見ずにただただ突っ走ったのなら、思いもよらぬ場所でつまずいてけがをしてしまうだろう。だけど周りの声を聴けば、おれがこれから走っていく道の中で、つまずきやすいポイント、けがをする可能性を事前に知ることができる。
そうさ。周りの声はなにも、おれを攻撃するものなどではない。おれを守ってくれるものだ。だからおれは両方の声を聴くんだ。こいつの声も、周りの声も。そうすればおれは、きっとゴールにたどり着けるはずだ。
駅に着いて電車を降りる。改札を抜けて外に出ると、空の遠くの方で星が力いっぱい輝いていた。
澄んだ夜の空気を吸い込んでそっと吐き出してからつぶやく。
「『これからもよろしくな』」
おれの声とこいつの声が互いに共鳴しながら星空の中へ溶けていった。

