書籍紹介『100年の経』
こえラボ編集部/2026年1月20日
こえラボ編集長の藤平です。
『100年の経』という漫画作品を読みました。
とてもおもしろかったのでご紹介します。
本書は、小説生成AIによって「小説家がいなくなった2120年」が舞台となっています。
私たちが住む現実世界においても、生成AIの登場は「物を書く」という行為に大きな変化をもたらしました。
頭の中にどういった世界を描き、それをどういった言葉を使って表現するか。
その後者を生成AIが担い始めています。
今はまだ、人が心血を注ぎ、苦しみながらつづった言葉に価値があると思う人が多いかもしれません。私もそのひとりです。
ただ、生み出されたものが面白ければ、人間が書いたか生成AIによって書かれたかなんてどっちでも構わない、という意見が増えてきているようにも感じます。
『100年の経』では、まさにそれが突き詰められた世界が描かれています。
本書の主人公は、とある事情からコールドスリープに入り、100年の時を経て2120年に目覚めた小説家です。
小説家がいなくなった世界を目の当たりにし、「絶対にこのAIを超える小説を自分の手で書いてやる…!」と決心します。
しかし、なかなか受け入れられてもらえず、それどころか、ものは試しと生成AIを使って生み出した小説の方が高い評価を受けます。
「これは自分の作品と言えるのか」
「これは自分で書いたと言えるのか」
称賛を浴びる中で、主人公は思い悩みます。
近い将来、私たちにもまた、同じような問いが訪れるのではないでしょうか。
書く行為は日常的にあるからです。
例えばメールやLINE、DMを送るとき、書いています。
SNSに投稿するとき、書いています。
もし、これらの場面においても、『100年の経』の世界と同じように
「伝われば同じだから生成AIでいい」
「自分は考えるだけで、それを生成AIが文章にしてくれればいい」
そうして生成AIを使うことが日常となったとき、生成AIの生み出す言葉の方が誰かの感情を動かせるとなったとき、
それでも「これは自分の言葉だ」「これは自分で書いた」と言えるのか。
『100年の経』は、自分の言葉が危うくなるときに味わう不安や苦悩、そしてそれを乗り越えるためのヒントを与えてくれる作品でした。
よろしければ、みなさんもぜひお読みくださいませ。
では、また次の雑記で。
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